知財部門からのニーズが拡大し「SPEEDA R&D」が誕生
伊藤 竜一(以下、伊藤):
SPEEDAはリリース当初から金融機関やコンサルの方を中心に導入いただいていましたが、その後徐々に経営企画の方に使っていただけるようになりました。ただ、3年ほど前からは同じ事業会社の中でも、知財部門や研究開発部門といった技術系のお客様が増えてきています。
2019年11月に新しく開発実装し、ユーザベースグループ初の特許も取得した特許動向検索機能によって、技術系のお客様が急増しました。それならば、技術系のお客様に対して組織やユースケースをつくってプロダクトを変えていこうと考えたんです。
そこで2020年10月に技術領域事業を新設、2021年1月にはSPEEDA R&D Divisionを立ち上げ、この10月にプロダクトを分離してSPEEDA R&Dプランをリリースしました。
伊藤:
2017年にセイコーエプソンの知財部の方と出会ったことがきっかけです。SPEEDAを使っていただく中で話をうかがうと、知財のマーケットで「IPランドスケープ」というニーズが見えてきたんです。
知財部門では、特許や知財権の情報を分析しても、それだけでは経営層や事業部門には伝わりにくいという課題を抱えていました。経営に資するという観点からは、知財だけでなくマーケットビジネス分析と組み合わせて報告しなければ、理解してもらえないんです。
そこでビジネス情報をワンストップで分析できるSPEEDAに、期待が寄せられるようになりました。
伊藤:
学術論文動向検索機能は、研究開発の重要性を経営・事業に結びつけるR&D新プランとして提供を開始しました。株式会社ジー・サーチと、文部科学省配下にある科学技術振興機構(JST)、SPEEDAと三者で連携しての取り組みです。
たとえば、日立製作所では知財部門に推定で250人ほど社員がいて、研究所には2,500人ほどの研究者がいます。社員構成比でいうと、研究者の人数は知財部門の10倍くらい。つまり、研究所に市場を広げるとSPEEDAのR&D領域の顧客は10倍に広がるんですね。
研究者にとって知財は少し縁遠い話ですが、学術論文動向検索を実装することでアンテナを高くしていただけるのではないかというのが、今回の実装の背景です。狙いどおり、ユーザーのターゲットは知財部門から研究所にいっそう広がり始めています。
伊藤:
この画像では、SPEEDA R&Dについてメビウスの輪で図解しています。この図の左側がニーズ、ビジネス系の情報です。右側がシーズで、技術系の情報。縦軸はマクロかミクロです。
これまでのSPEEDAは、左側の企業業界情報の中をくるくると回っていました。それが2〜3年前から特許のトレンドやニュースが見られるようになって、こうしたメビウスの輪が回るようになっていったんです。
技術系の人は左側のビジネス系の情報からSPEEDAに入ってくることは少なく、まずは特許動向を見てアンテナを張ります。
分析対象に関連する記事を調べたり、論文動向から筆者や学術団体を見たりといったところから始まるんですが、SPEEDA上ではそこから自然とビジネス情報につながっていく構造になっているんです。
情報がシームレスにつながっていくからこそ、技術の視点から自然にビジネスの情報に派生していけるつくりになっているので、研究者や知財部門の方でもビジネス側の情報を捉えやすくなりました。
伊藤:
まだ最終調整中ではありますが、論文動向で得られた研究者名の一覧をSPEEDA R&D上でクリックすると、その研究者の所属・最近の論文タイトルや研究テーマの変遷に関する簡易な情報がわかるようになる予定です。そうなれば、SPEEDA上でその研究者に共同研究を持ちかけるといった「アクションのキッカケ」が生まれるかもしれません。
その事業に踏み込むかどうかを意思決定するときに、最新研究動向を研究者を起点に着眼し、SPEEDAのビジネス情報と組み合わせて調査・分析することに、新しい価値があるのではないかと考えています。
伊藤:
2019年秋に日本の特許動向、2020年の秋冬にグローバルの特許動向、2021年秋に論文動向をリリースしてきました。2022年秋には、科学研究費のデータを実装したいと企画・検討しています。
たとえばカーボンニュートラルという概念がありますよね。日本ではカーボンニュートラルに対して、およそ2兆円の科研費の予算が組まれているんですが、アメリカでは200兆円。100倍なんです。
科研費のデータを見て、カーボンニュートラルの研究をビジネスでやるならアメリカに行ったほうがいいと考えたとき、アメリカで特許論文を早くから出していた研究者は誰か、それを見立てた企業や大学はどこか、SPEEDAで調べることができます。
企業のIR情報やニュースからビジネスとしてどんな情報が先行しているかがわかり、レポートからその業界には伸びしろがあるのかどうかがわかる。科研費のデータを実装することで、そういったことが一気通貫にできるようになります。それによって知財や研究開発の既存顧客アップセルにも、更なるTAM拡大にもつながっていくはずです。
足下の課題は、事業を拡大するための採用と育成
伊藤:
採用と育成が後手に回っていることですね。
私のリソース計画の設計ミスもあり、現在採用を急いでいる状況です。また私が担当している仕事を少しずつメンバーに任せてはいるんですが、一定のレベルに達しなければ渡せない仕事もあり、メンバーの育成も急務です。
そうした中で、カスタマーサクセスやインサイドセールスで、ものすごくパフォーマンス高く仕事をしてくれているメンバーもいて、この1年で少しずつ人材が育ってきている感触はあります。
個人ではなくチームで勝っていく状態をつくらなくてはいけないというのは私自身の反省であり、組織課題でもありますね。
伊藤:
インサイドセールスやカスタマーサクセスは社内の標準的な期間で立ち上がっていますが、フィールドセールスはポテンシャルのあるメンバーを採用していても、営業スタイルと知識スキルに求められる要件が多様なので、育成の難易度は高いですね。インサイドセールスとカスタマーサクセスは現在人を増やしていくフェーズですし、フィールドセールスは人を増やしながら、1人ひとりの力量を上げているところです。
R&Dチームはありがたいことに、製造や技術に強い動機を持つ人たちが集まっています。スマホやモビリティ向けの半導体に関する技術知識やビジネス構造の理解が深い人や、日本の製造業を強くしたいと本気で考えている人などです。
そういった技術製造マーケットに「価値貢献したい」と考えているメンバーが集まってくれているので、ベースとなる要件やポテンシャルはそろっているんです。そこにSPEEDA R&Dを通してどういう価値を実現し、お客様にどうコミットメントしていくのか──十分に伸びしろがある人たちばかりですし、そこに対する期待は大きいんですが、それをいち早くやりきれるかどうかが、育成における課題だと感じています。
先日、メンバー全員のハイポイントな成功体験と最高の未来像を他己紹介で引き出しながら、個と事業組織のパーパスをみんなで共通化していく合宿ワークをやりました。僕たちのチームのパーパスは「技術起点でこそ、未来のビジネスが興せると信じる」、ビジョンは「技術者が輝き、技術が大きな経済価値になる社会の実現」です。ミッションは「技術とビジネスを繋ぐ架け橋となり、企業価値向上に貢献する」としました。
チーム全員の拠り所となる軸や提供したい価値は言語化できたので、ここからさらに最高の仲間を集め、育て、個が活きる強いチームを作っていきます。
SPEEDA R&Dで技術力でもビジネスでも勝てる日本企業をつくりたい
伊藤:
技術とビジネス両方を構造的に組み合わせたプロダクトは、日本ではSPEEDA R&Dが唯一だからではないでしょうか。ドイツやフランス、シンガポールには未来の競合となりうるスタートアップなどが出てきてはいますが、技術またはビジネス、どちらか一方を深掘りするサービスの方が一般的です。両者を活かしてつなげることがお客様に求められているんです。
解約につながる理由の1つに、お客様側がそこまであらゆる情報を使いこなし高度なアウトプットを実現したいかどうかの期待・意欲が挙げられます。SPEEDAを使いこなして分析し、アウトプットを出せるような人が社内におらず、情報の洪水に埋もれてしまっているんです。そこに当社のカスタマーサクセスがどう向き合えるかですね。
先ほども話した通り、私たちは「技術が大きな経済価値になる社会の実現」というビジョンを掲げています。お客様1人ひとりに向き合って分析ができるようになれば、解約率は低い状態を保ちつつ、大きくアップセルを仕掛け続けていくような顧客基盤がさらに強固になっていくと考えています。
もともと自分が研究者だったので、研究や技術の分野に自分の価値を還元したい思いがあって。SPEEDAで専門領域を持たせていただいた以上、研究者や技術者が社会において輝けるように、黒子として市場の変化に貢献していきたいですね。
伊藤:
2022年の戦略はプロダクトとカスタマーサクセスで勝つことです。2022年末のMRRターゲットを決め、それに対してチャーンとアップセルの目標を立てています。アップセルはかなり高い目標数値ですが、プロダクトが進化した分、1人ひとりのユーザーに寄り添うことで実現できると思っています。お客様にどこまで踏み込み、何を握り、どういう価値提供をするのか、徹底的に突き詰めていきたいですね。
そして、2023年はセールスで勝ちにいきます。そのためにも、これから人を採用してしっかり育てていきたいと考えています。
伊藤:
日本はもともと製造業が強い技術立国だと思っています。ですが、いま日本が世界でトップに立てているのは電子部品系のみです。それ以外の領域は、アメリカ、中国、韓国が位を占めてきています。これは日本人として悔しいですよね。
日本人のプライドとして、日本企業が技術力でもビジネスでも勝てる世界をつくりたい。このSPEEDA R&Dは、企業の戦略を技術サイドとビジネスサイドを紐づける1つのハブになると思っています。
多くの会社ではビジネス側のほうが強く、技術者が相当成長しなければ両者の融合は起こらないでしょう。技術者、研究者がビジネス視点を持つことで、ビジネスサイドと対等に相対することができるようになります。
そこまでくると、みんなが一枚岩となって知財や技術、研究未来像を捉え、企業として一本化されていくと思うんですよね。このムーブメントは、R&D系のお客様側から変革をしていかなければ起こらないと考えています。
私たちもSPEEDA R&Dとして技術系のお客様と向き合って、二人三脚で伴走していくことで社会・企業における個人の影響力最大化に貢献したい。技術者、研究者が育つことで技術でもビジネスでも勝てる日本を再興したいと思っています。
R&D事業の存在と戦略をチームに浸透させ、海外展開を目指す
伊藤:
2020年7月にインサイドセールスのメンバーと2人でチームを立ち上げ、現在はメンバーが10人になっています。2022年には18〜20人まで増える予定です。
チームの戦略にはそれぞれ、ユニークな名前をつけています。営業の「タイル戦略」、インサイドセールスの「秘伝のタレ戦略」、カスタマーサクセスの「山の音楽家戦略」、マーケティングの「太陽の企画戦略」──ちょっとおもしろい名前をつけることで、右脳で理解しやすくなるんです。
イラストレーターさんにR&Dチームの戦略を表す『ONE PIECE』風のイラストを描いてもらいました。
タイルが敷き詰められた場所に食卓があって、テーブルの上には秘伝のタレにあう料理が並んでいる。山の音楽家集団がいろんな楽器を持ち寄って一体感をつくり、そこに太陽がさんさんと降り注いでいる──これからR&Dチームはいろんな世界にチャレンジしていくんだという野望と、青臭い雰囲気をイラストにしてもらって、自分たちの存在や戦略を右脳から浸透させていきたいと思っています。
チーム戦略を表すイラスト
伊藤:
ユーザベースのミッションは、「経済情報で、世界を変える」です。このミッションをやり切るために、アメリカではSPEEDA Edge、中国ではSPEEDA CHINAといったサービスの展開が加速しています。
ですが、私はR&Dの海外戦略は欧州からと考えています。欧州こそ知財を軸に経営を変革してきた企業がたくさんあるためです。代表格はPHILIPSですね。
もともと総合電機メーカーだったPHILIPSが医療機器にシフトしたのは、時代の変化にあわせて自社を変化させ続けてきたからなんです。注力しなくなった事業は知財もろとも外に吐き出し、必要な知財はM&Aなどで買収して事業変革をしていく。
こういった動きは 特にドイツやフランスを中心とした欧州で活発に行われてきました。ですので、現在ボッシュ・ジャパンやフィリップス・ジャパンといった欧州の日本法人とリレーションをつくろうとしているところです。
昨年の9月以降に入社したメンバーは海外志向があって、みんな英語のレベルが高い。私は世界の戦い方をどうローカライズするか方針をつくって、欧州を皮切りにメンバーたちに海外展開を任せていきたいと思っています。
海外では、SPEEDA R&Dとは逆に特許論文側から参入して企業情報を取り込んでいる競合がいるので、早く欧州との海外実績をつくる必要があります。まずは小さく始めて、5年後には本格的に展開していきたいですね。