企業文化はハンドルであり、エンジン。企業活動の土台として必要なもの
金井 恵子氏(以下「金井」):
企業文化はすべての企業活動の土台になるものであり、アイデンティティだと思うんです。自分たちらしさや価値観はすべての意思決定に表れるものだと思っていて。
私たちはすごいスピード感の中で成長をしていかなければならないので、意思決定の軸が揃うのはとても重要なことだと考えています。それを手助けするのが企業文化であると思っているんです。
三宅 佑樹(以下「三宅」):
すべての企業活動のベースになるものですね。車でいえば、向かう方向を決めるハンドルでもあり、進む速度を決めるエンジンでもあるように感じています。
多様性があることは大前提で、金井さんがおっしゃるように、スピーディーに事業活動を推進していくうえで、全体の方向性が一致しやすいというのは重要な条件ですね。
もうひとつ、「なぜこの会社で働くか」という問いの答えでもあると思います。パーパスやミッションに共感するのもその企業で働く意味かもしれませんが、カルチャー、バリューに共感できるかどうかも大きいのではないでしょうか。
あとは、リスクを防止する役割を果たします。組織の衰退や崩壊の要因がバリューやカルチャーに潜在していたという事例は、歴史を振り返ると枚挙にいとまがありません。
たとえば上司が誤った行動をしても、それを正せない空気があると組織崩壊の引き金になりうる。企業文化は企業の不祥事や衰退と、密接な関係があるのではないかと思いますね。
金井:
マネーフォワードでも、役員から「コンプライアンスは文化だ」という話がありました。企業文化の浸透はコンプラを遵守することと密接だからこそ大事なんだよと。三宅さんと同じ考え方ですね。
マネーフォワード 金井恵子氏
社内外への発信に、自然とバリューや「らしさ」への言及がある
金井:
強制されているわけではないのに、社内のメンバーが外部に向けて、noteやTwitterで積極的に発信をしているのを見るたびに、企業文化が浸透していると感じますね。外部に向けて「こんなところにマネフォらしさを感じた」と発信してくれるんですよ。
編集長がいて、何を伝えるかを決めてから発信するほうが外部には伝わりやすいのかもしれませんが、メンバーが自由に発信できるのも文化なんだと思います。
noteやSNSでの発信のルールは特に設けていませんが、唯一、note立ち上げ時にMVVC(Mission・Vision・Value・Culture)に紐づいたことを発信する場であることを伝えています。
三宅:
ユーザベースでは、ミーティングやslackで日常的に「The 7 Values」の話が出てきます。バリューについて目にする頻度がとても高いので、転職してきたばかりの人には驚かれるほどです。
バリューができた当初は意識的に言葉に出していたのかもしれませんが、現在ではそれが習慣になっているように思います。組織のカルチャー、文化になっていると感じますね。
金井:
ふたつあって、ひとつは発信するメッセージは必ずMVVCに紐づけて語ってもらうこと。たとえば役員が社内でスピーチをしたり、何か施策を行ったりする場合など、すべての発信にはMVVCを紐づけてもらっています。
もうひとつ、MVVCそのものの意味を語るのではなく、自分の言葉や解釈、体験と紐付けてもらうこと。MVVCをその人のストーリーとして話してもらうイメージですね。そんな「当たり前」のことを泥臭く、しつこくやり続けてきました。
三宅:
ユーザベースでは評価制度の中にバリューが組み込まれています。全社標準としてコンピテンシークライテリア(評価基準)が定められていて、部署によっては全社標準をアレンジして評価に組み込んでいる形です。
私が所属するSaaS Design Divisionの評価システムには、バリューとエグゼキューション、エッジと3つの大きな括り(くくり)があります。それぞれポイント制になっていて、その合計で職位が決まるんです。バリューに則った行動ができるかどうかが比較的比重の重い評価基準になっているので、自然と意識するようになるんだと思います。
評価制度のほかには、月に一度BXデザイナーが集まる「BX会」での取り組みも挙げられます。
SPEEDAデザインチーム、FORCASデザインチームなど、普段は別々のチームで仕事をしているメンバーが横断で集まって、成果発表を30分、残り30分を「31の約束(「The 7 Values」をより具体的にしたもの)」の理解を深める時間に充てているんです。
ユーザベース 三宅佑樹
三宅:
また、バリュー、エグゼキューション、エッジは、採用の基準としても用いられています。これに、パーパスに共感するかが加わります。
たとえば、カジュアル面談の際はどの部署でもバリューの話をしていると思いますし、採用エージェントさんへの説明会でも、バリューについては丁寧に時間をかけて話します。エージェントさんからは、「こんなにバリューを見る会社はめずらしい」とよく言われますね。
デザイナーは企業文化浸透において、コミュニケーションのハブになれる存在
金井:
「共感してもらう体験」をつくることがポイントだと思っています。
従業員数が100名に近づいたタイミングで、マネーフォワード創業期につくられた行動指針をMVVCという形にアップデートしたんですが、浸透活動をするうえでは共感してもらう、好きになってもらうことを意識しました。
当時を振り返ってみると、MVVCを楽しい体験にリフレーミングするところにデザインの力が働いていたのではないかと思います。
デザイナーは、みんなの暗黙知を引き出したり、それをまとめてビジュアル化させたりすることが得意だし、慣れていると思っていて。そういう意味でコミュニケーションのハブになれる存在だと思っているんです。
マネーフォワードではデザイナーがいろんな事業に散らばっているので、自分のチームやプロダクトにおいてデザイナーがバリューの浸透やチームビルディングのような動きをしてくれています。
金井:
私自身がデザイナーとしてカルチャーの浸透を担っていることが、要因のひとつなのではないかと思っています。デザイナーは組織のことをやってもいいんだ、という空気の醸成や、組織のことをやってくれる人だという期待が広がっていてくれたらいいですね。
三宅:
金井さんのお話に通じることとして、デザイナーの思考の根幹は「本質を見つめる」ことだと思うんです。
そもそもビジョンや企業文化は定める必要があるのか。あるとしたら、これでいいのか。これまではこんな言葉を使っていたけれど、現状に照らしておかしいと思ったら変えてもいい──そうした、常識や古いものにとらわれず、本質を見つめる思考はデザイナーの特徴ですよね。
デザイナーを意思決定の場に入れる「意味」を示し続ける
金井:
当初はデザイン責任者として、デザインをもっと有効活用してほしいと思っていたんです。デザイナーができることはもっとたくさんあるのに、どうしたらもっと使ってもらえるんだろうと。
いろいろ考えるうちに、みんなデザイナーと一緒に働いたことがないから、デザイナーに何ができるのか知らないんだと気がつきました。だったら、それを示すにはどうすればいいか、価値があると思ってもらえるのか、と思考するようになったんです。
そのひとつが、概念という曖昧なものをまとめあげることでした。当時は社内でそうした役割を担う人がいなかったこともあって、たとえばプロダクトコンセプトや事業のビジョンをつくる際、デザイナーが入って図にまとめるなどしていたんです。
そうしたら、「デザイナーを意思決定に入れることでこんな役割を担ってくれるんだ」と事業責任者が気づいてくれて、その流れでMVVCの策定もすることになりました。
金井:
一番は、経営インパクトを与えることの積み重ねだと思います。
そもそもMVVCのプロジェクトは、今ある行動指針を浸透させたいから、行動指針が書かれたカードをつくってほしいと代表から言われたことがきっかけでした。「金井さんには愛があるから、任せた!」と言われて(笑)。
それを「本質」に照らした時に、「これで効果が出るんだろうか」と疑問に思ってしまって。この行動指針のままでは浸透しないし、共感を呼ぶのも難しい。だったら新たにつくりたいし、せっかくつくるなら意味のあるものにしたいと。
当時はカルチャーにコミットする気はなかったのですが、MVVCを変えたことで会社がよくなっていくのが感じられたことで気持ちが変わりました。
カルチャーを突き詰めて浸透させていくことで、会社にとってすごく大事な軸になるのではないか。会社にとって価値のあるデザインとは、こういうことを言うのではないかと感じて、どんどんのめり込んでいきましたね。
デザインする対象は無限。インハウスデザイナーのキャリアパス
金井:
カルチャーにコミットしようと思ったのは、いま思えば自分自身の生存戦略でもあったのかなと思っています。自分よりも優秀なデザイナーをたくさん採用したいと思ったときに、じゃあ自分自身はどう会社に貢献できるか? と悩んだ時期があって。
自分ならではの価値とは何か──そう考えたときに、カルチャーとデザインを掛け合わせて新しいポジションをつくれたらいいのではないかと思いついたんです。
私はそもそも「絶対CDOになってやる!」というようにキャリアパスを意識したことはないんですよ。でも自分がカルチャーに関わるようになって、デザインする対象は無限だし、CDOにこだわる必要はないなと感じました。
デザイン思考は本当にいろんなことに応用できるものなので、リフレーミングしてポジションをつくっていけばいいと思いますね。会社が求めていることと自分の得意なことで、「これもデザインだ」と言えてしまうんです。
三宅:
シニアのインハウスデザイナーのキャリアは、悩みとしてよく耳にしますよね。たしかに、社内で新たに自分の居場所を見つけられたら最高だと思います。
CDO以外でいえば、エンジニアリング組織でいうVPoE(Vice President of Engineer)のような、組織マネジメントを行うポジションですね。今後は育成や採用でデザイン組織を強化していくVPoD(Vice President of Design)が増えていく可能性はあると思っています。
金井:
マネジメントというと途端にハードルが上がると感じる人が多いようですが、組織デザインであれば興味を持つ人がいそうな感覚がありますね。
三宅:
あとは、フェローみたいなポジションかなと。自分が感じている課題感として、優秀でキャリアのあるシニアクラスのデザイナーを2人採用した場合、2人が同じブランドを手掛けるのは難しいと思っていて。どうしても、社歴やキャリアが長い人に決定権が寄ってしまうんですよ。
ですから、たとえばBXの領域を極めたシニアデザイナーにはフェローになってもらって、デザイン組織の戦略を担ってもらう──みんなのデザイン力を高めるにはどうしたらいいか、会社の未来をどういう方向に持っていけばいいかといった、日常業務から少し離れた役割を担ってもらってはどうかと思います。そうした「専門性を極める」というキャリアもあり得るのではないでしょうか。
または、逆にひとつの会社に縛られる必要はないとも思いますね。デザイナーにも、自分のキャリアのフェーズと会社のフェーズが合わないときがあると思っていて。これから築いていきたいキャリアと会社の状況がマッチしていない場合は、よりマッチする場所に行くことを応援できるようになればと思います。
スタートアップ業界には高度なデザイン人材が足りていないと思うので、1社の中でキャリアを築くというよりは、視点を広く持って、枠にとらわれないキャリアステップを踏むのもひとつの考え方だと思います。
金井:
私はマネーフォワードが好きなので、マネーフォワードだからできることと、自分だからできることを掛け合わせて、新しい自分のバリューを出せたらと思っています。
たとえばデザインと掛け合わせて文化浸透をするとか、その文化とスポーツのスポンサーシップを掛け合わせてみるとか、この先もそうしたおもしろいことを見つけていけたらいいなと思いますね。
1つひとつの軸から領域を染み出して、それをまた軸にして広げていく。Connecting The Dotsとはこういうことなのかなと思います。
三宅:
金井さんの考え方はすごくいいですね。
私はスタートアップのデザインを、ひと通り見られる人材になりたい思いがあります。職種でいえばCDOなのかもしれませんが、そうした存在を目指していきたいですね。
国の指針で、今後5年でスタートアップを10倍、投資額を10倍にするという話があります。各種施策が実際に動き出すと、どのスタートアップでもCDOを任せられる人材を求めるようになるでしょう。
自分もそうした人材になりたいですし、デザイン業界全体でそういう人を増やしていく。みんなで盛り上げていけたらと思いますね。
編集後記
今回の記事は、SaaS DesignのCDO、平野からの相談からスタートしました。金井さんがUzabase Journalに出てくださると聞いて、あれも聞きたい、これも聞いてみたい! と一気に企画・構成が浮かび、取材当日も話が尽きず、とても楽しかったです!
同時公開となった平野とマネーフォワードCDO セルジオさんの対談記事もインタビューに同席させてもらいましたが、本記事も含めインタビュイーの皆さんが自分の仕事について、ものすごく楽しそうにお話されているのが印象的でした。
企業文化の浸透はUzabase Journalでも担っていきたい領域なので、マネーフォワードさんを含め今後も他社の方々と情報・意見交換しつつ、考えを深めていきたいと改めて思いました。