家庭に、子どもとの対話が増えるニュースを
金谷 亜美(以下「金谷」):
きっかけは、The New York Timesのライセンスチームから、彼らの子ども向け新聞「The New York Times for Kids」の日本版をつくらないかというご提案をもらったことでした。
ちょうど私たちも、子ども向けにNewsPicksで何かしたいと考えているタイミングだったので、彼らの国際的なコンテンツやテーマを、私たちがつくる子ども向けのコンテンツでもぜひ掲載したいと感じました。
櫻田 潤(以下「櫻田」):
「The New York Times For Kids」は、アメリカでNew York Timesを購読している家庭の子どもを対象にした新聞で、それを読むことで、子どもたちは自分たちの住む世界について、主体的により深く考えることができるようにつくられています。
The New York Timesは、この特別なコンテンツの読者を別の地域や言語圏の人々に拡げていくにあたって、デジタルに強みを持もつ新しいメディアであるNewsPicksと「The New York Times for Kids」の記事のライセンス契約をしようと考えたそうです。
金谷:
私自身、家で子どもとニュースについて話したいなと思ったときに、使いやすいコンテンツがなくて。既存の小学生新聞は中学受験の需要に応えるような内容が中心ですし、テレビ番組も子どもたちがニュースに対して問いを立てたり、自分で考えたりする力を育てられる内容かといえば、あまりそうではなく……もともとそういった点に課題を感じていたんです。
だから提案いただいたことを機に、ただ覚えたり暗記したりするためではなく、子どもたちが家族と対話したり、「ニュースを深く考えるきっかけ」になったりするコンテンツをつくりたいと思いました。実はこれは、NewsPicksが大事にしている思想なんです。ニュースそのものをただ知るだけでなく、コミュニケーションを通して多様な視点に触れることで理解を深め、考えてもらうことを目的として、コンテンツを提供しています。
金谷:
紙面には、「The New York Times For Kids」を翻訳して載せるだけでなく、NewsPicksがオリジナルで出している特集も子ども向けにアレンジして掲載しています。
櫻田:
より子どもたちに届く記事になるようにThe New York Times側からも、日本の子どもたちにとって何が一番大事なのかを考えることや、NewsPicksらしさを紙面に反映することを強く求められました。
だから最初に、受験対策のための新聞にしないことや、月1の発行なのでタイムリーなニュースではなく普遍的な内容を中心にするといったNewsPicks for Kidsのビジョンをみんなで話し合って、内容をセレクトしています。
記事を選ぶ基準としては「子どもたちが知っておくとよさそうなこと」や「人生のきっかけになる視点を与えられるもの」という点を大事にしていますね。毎週何時間もかけて議論しています。
日本の家庭環境を意識した、紙面への工夫
金谷:
タブレットで見るような、子ども向けのデジタルコンテンツはたくさんあります。でもそれを子どもが見るときって、タブレットと子どもという「1対1」の閉ざされた状態になることが多いんですよ。
私の子どももそうなんですが、目を放した隙にサイトから自動的におすすめされた、もともと視聴していたものとは全く関係ない動画を見ているケースをよく耳にします。そういった環境にあまり安心できなかったんです。
その点、新聞のような大きな紙であれば、子どもが何に興味を持っているかを、周りの大人も、よりキャッチしやすいんです。複数名で紙面を覗き込んだり、子どもと並んで対話しながら見たりすることもできます。これは紙ならではの良さだと思います。
櫻田:
僕はこれまで何年も、NewsPicksでスマートフォン向けのコンテンツをつくってきました。スマホの場合、読む際の画面の動きが縦スクロールしかないので、読者の行動が予測しやすく、デザインもある意味、楽なんです。
でも紙の場合、どこから読まれるか、読み手の目の動きを予測できないですよね。だからパッと目について楽しい要素があるとか、家族で何か話してみたくなるとか、空いたスペースに落書きをしたくなるとか、そういう遊びの部分を大事にデザインをしています。
左手前の紙面が「The New York Times For Kids」、右の紙面「NewsPicks for Kids」に比べてサイズが大きく、文字量が多い
櫻田:
The New York Times For Kidsも、リビングで広げて子どもが見ることを想定した大きさにしたそうです。縦長のサイズ(12インチ × 22インチ=約305mm × 559mm)で、日本の食卓で広げてみるとやや大きいサイズだと思います。だからNewsPicks for Kidsは子どもたちにも持ちやすくて、家の机や床に置いて見やすいサイズをヒアリングした結果、現状のタブロイドサイズ(273mm × 406mm)になりました。
金谷:
The New York Times For Kidsの読者層も8〜13歳とほぼ同年代ですが、NewsPicks for Kidsに比べて文字の量が多いんです。アメリカの子どもは文字をたくさん読むことに、日本ほど抵抗がないそうです。たしかに分厚い本をかばんに入れて読書をしているようなイメージがありますよね。
日本は文章を読むのに子どものころに、ひらがなだけでなく漢字も覚えないといけないし、アメリカと比べると算数が得意な子どもが多い印象があります。そういった文化の違いを受けて、紙面に対してもアメリカと日本では力の入れどころが違うんだなと感じますね。
櫻田:
この違いは、どちらの国の子どもの方がレベルが高いとか低いとかいう話ではありません。大切なのは、制作側がその国の子どもに合わせて読みやすい工夫を考えることだと思います。それで僕たちは、日本の子どもが慣れ親しんだ表現や漫画、アニメなどの要素を取り入れることを意識してやっています。
ただその際、それが従来の日本の子ども向けコンテンツにあるような、いかにもなベタベタな表現にならないように注意もして、The New York Times for Kidsのデザインが持つアートの側面も僕たちなりに取り入れるようにしています。
世界に目を向けることで生まれる、新しい価値観
学校で特定の髪形や服装を禁止できなくする、アメリカ・イリノイ州の法律から生まれた企画
金谷:
この企画は、アメリカで学校の先生から髪形を注意された小学生が親と一緒に州に働きかけ、「髪形や服装で差別されない法律」をつくったというニュースをもとにしたものです。その親子の行動力には驚かされますよね。日本ではあまり起こらないことだと思いますが、ダイバーシティについて考えるきっかけにしてほしいと載せました。
掲載にあたっては、このニュースについて「そうなんだ」と知るだけで終わらないように「みんなの学校の校則はどうかな?」という問いかけを、目立つイラストとともに記事の隅っこに入れる工夫をしています。
櫻田:
国内ではあまり触れることのない話題を目にすることで「日本で常識と言われていることがすべてではなくて、世界ではこんなことも起きるんだな」と子どもに感じてほしい。それって視野を広げる上ですごくプラスになることだと思うんです。
なので、次号以降もThe New York Times For Kidsの記事だけでなく、NewsPicksのニューヨーク支局の記者のレポートも毎回載せていきます。子どものうちから、「ただ知るだけのニュース」からは見えてこない、海外の文化や生活、考え方をしっかり取り入れたコンテンツに触れて、それらを面白がってほしいですね。
紙面から広がる、親子のコミュニティ
月に1回お届けする『キッズTV』の1コマ
櫻田:
紙面は月に1回しか届かないので、次の号が出るまでの間も興味を引きつけ続けるコンテンツが必要だと思いました。あとは、紙をベースにしつつデジタルでもアプローチをすることで、アナログとデジタルを行き来する体験をしてもらいたいと思っています。アナログだからできること、デジタルだからできることがあるので、その相乗効果を狙っています。
金谷:
イベントは、親子たちのコミュニティづくりのためにやっていきたいと考えています。子どもの考える力をどう育てていけばいいかを模索している親同士が、悩みを共有したり、一緒に子育てを考えたりしていけるような場所をつくっていきたいです。
そもそも一緒に手を動かしたり考えたりするイベントって、子どもとの相性が良いんです。さまざまなジャンルで企画ができそうです。
櫻田:
イベントの開催は、僕たちコンテンツをつくる側と読者との意識や感覚のチューニングのためにも欠かせないですし、紙面のNewsPicks for Kidsが「考えるきっかけを得る場所」とすると、そこで考えたことを「深掘りして実践する場所」がイベントだと思うんです。そこがあって初めてNewsPicks for Kidsの体験が完成すると考えています。
初回は動物や野菜などを、8×8のマス目にドット絵で表現するワークショップを開催
櫻田:
マネジメントするようなタイプのコミュニティにはしないつもりでいます。マネジメント型のコミュニティでは、僕たちが望む自由な広がりをもったコミュニティにならないと思っているので。僕たちはコミュニティを形成するツールと機会を与える役目で、それをどう使うかは読者の方々に広く分散してやっていただけたらと思います。
金谷:
NewsPicks for Kidsは、もともとNewsPicksのプレミアム会員の方向けのサービスとしてスタートしたので、読者層が絞られてしまうことを課題に感じているんです。だから今後は、購読者以外でも参加できるイベントを随時開催したり、動画もYouTubeで広く公開したりしてもっといろんな人にNewsPicks for Kidsに興味をもってもらえる機会を増やしたいと考えています。
ニュースに向き合う姿勢を、無意識に育てる存在でありたい
金谷:
「ニュースは楽しいものである」と知る入り口が、NewsPicks for Kidsだったと感じてほしいですね。紙面の隅から隅まで読まなきゃいけないものではないんです。読んでいてわからないことがあれば親に聞いて、そこから全然違う会話に発展していってもいい。それが楽しかったなという体験があれば、大人になってからのニュースへの接し方や考え方も、変わってくるのではないでしょうか。
櫻田:
僕も原体験が大事だなと感じていて。家族でよく映画に行ったなとか、毎週土曜は外食をしていたなとか、そういう楽しかった記憶って、おそらく各家庭にあると思うんです。そのひとつとして、月1で届いていたNewsPicks for Kidsも思い出してもらえればと思います。
ニュースを元に家族と何かディスカッションする時間を経て、子どもは自分の意見をしっかり考えたり、言えたりするようになっていくのかなと。その原体験がNewsPicks for Kidsでした、と語ってくれたら嬉しいですね。
金谷:
私自身、日々のニュースから「自分が何を考えて、どういう行動を起こせるのか」を考えることがないまま大人になってしまいました。同じような感覚をもっている親って実は多いのではと感じています。
だからこそ、子どものうちから「考える力」を養ってあげたいと思うんです。おこがましいかしれませんが、NewsPicks for Kidsでニュースに触れて、それをきっかけに自分の頭で世界のことを考えて、捉えて、何か行動を起こすところまでできるような大人になってもらえたら、それは社会にとっても大きな価値になるのではと考えています。
櫻田:
僕の中でNewsPicksは、「既存のものを後追いするのではなく、ないものをつくり出すメディア」だと思っていますし、そこに一番の価値を感じています。だから教科書には載ってないことや、既存の小学生新聞では伝えていないこと、YouTubeでは取り上げていなさそうなことまで、NewsPicks for Kidsには載せていきたいですね。
それが結果として子どもたちに新しい価値観や視点を与えて、意義があることにつながるんじゃないかと思っています。理想論ではあるものの、そういったことをやることこそが僕たち「ないものをつくり出すメディア」であるNewsPicksが子ども新聞をやる意味なんです。
編集後記
NewsPicks Education、NewsPicks for Kidsと続けて取材をしてみて、NewsPicksの大切な要素のひとつ、「考えるを育てる」を改めて強く感じました。
子どもに渡す前に、NewsPicks for Kidsをじっくり読む大人のファンの方もいるそうですが、たしかに世界のニュースやコンテンツを楽しみながら、新しい価値観を与えてくれる紙面からは、大人もさまざまなことを学べるのではないかと思います。
アイデアがたくさんつまったNewsPicks for Kids、そしてその紙面を通してできたコミュニティがどんな広がりをみせていくのか、今後も注目していきたいです。