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アジャイル経営から生まれた「UBファネル」構想

アジャイル経営から生まれた「UBファネル」構想

SlackやNotion、SalesforceやMarketo、Google Workspaceなど、仕事やコミュニケーションが便利になるシステムやツールは、この10年でたくさん生まれました。でも、それらを使うことで、本当に業務は効率化されているでしょうか? 

システム同士がうまく連携できていない、事業ごとに個別対応しているため、データやナレッジが蓄積・活用できていない、業務プロセスが行ったり来たりするなど、新たな課題が表出する会社も少なくありません。

ユーザベースは、顧客起点で変化にスピーディに対応すべく「アジャイル経営」を掲げています。その実現のためには、たとえば新しい顧客セグメントが現れたとき、ユーザベースグループ全体に瞬時にそれが適用され、各事業が戦略を練り直せる分析体制が必要です。

そこで生まれたのが「UBファネル」構想です。今回は執行役員CDXO(Chief Digital Transformation Officer)の張替誠司と、ユーザベースグループ初のCIO(Cheif Information Officer)の王佳一に、UBファネル構想とは何か。その目的・展望について話を聞きました。

張替 誠司

張替 誠司SEIJI HARIKAEユーザベース執行役員CDXO 兼 UB Researchディレクター

東京大学大学院理学系研究科およびテキサス大学経営学修士課程(MBA)修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社し、...

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王 佳一

王 佳一KEIICHI OHユーザベース執行役員 CIO/CISO 兼 IT Strategy Division Leader

コーポレートITの万屋として、ビズリーチやグロービスなど数社の事業会社の情報システム統括やITディレクターを経て、20...

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目次

アジャイル経営を実現するUBファネル構想

はじめに、UBファネル構想について聞かせてください。

張替誠司(以下「張替」):
UBファネル構想には軸がふたつあって、ひとつがNewsPicksのユーザーをSaaSユーザーに転換して、SaaSプロダクトのマーケティング効率を上げていくこと。ユーザベースの中でも、NewsPicksはtoC向けの一番大きなファネルの入り口だからです。

もうひとつが、NewsPicksユーザーにNewsPicks ExpertやMIMIR Expertになっていただき、エキスパートの数を増やし事業を伸ばしていくことです。これは「人の知見を循環させる」というパーパスにもとづいています。

UBファネル構想を実現するために、どんなことに取り組んでいるのでしょうか。

張替:
まず、マーケティング効率を上げるための取り組みとしてわかりやすいのが、オンライン番組配信事業のNewsPicks Stage.です。

NewsPicks Stage.では、NewsPicksのユーザーIDでログインできる独自のオンライン配信プラットフォームを利用して、オンラインセミナーを企画・配信しています。これによって、どの法人のどの部署の、どんな役職の人が視聴しているかを把握することができます。その情報をもとに、たとえばSaaS事業側のインサイドセールスが架電できるようになります。

NewsPicks Stage.に限らず、NewsPicksユーザーの属性や行動履歴を取得し、そこに対してダイレクトなマーケティングができれば、 いろいろな可能性が広がります。

ただ、現状ではNewsPicksユーザーの情報は年齢や性別くらいしか取得できていません。職業や何に興味を持っているかなど、属性的な情報がないのが課題です。

それを解決するために行動解析が必要になるんですが、NewsPicksユーザーの行動ログを見て滞在時間やログイン回数は識別できるものの、ユーザーがどんなニーズや課題感を持っているかがわからない。ユーザーに対して紹介するべきなのはAlphaDriveなのか、FORCASなのか、SPEEDAなのかが判断できないんです。

ユーザベース執行役員CDXO 兼 UB Researchディレクター 張替誠司

張替:
そこで、NewsPicksでどんな記事や動画を見ているか、情報を取得できるようにしていきたいと考えています。コンテンツに、たとえば「スタートアップ」「自動車」といったタグを付与して、そのタグの閲覧回数や頻度を解析することで、SaaS事業のどのプロダクトが刺さりそうか紐づけできれば、マーケティング効率が上がるのではないかと考えています。

もうひとつ、NewsPicksユーザーにNewsPicks Expertになっていただき、それによってエキスパートの数を増やしていく話は、現状はプロダクト側に課題があって難しい状況です。

企業情報に関してはSaaS事業にて統合的に管理しているんですが、人の情報は各プロダクトごとでバラバラに持っているのが現状です。NewsPicksユーザーのデータベース、MIMIR Expertのデータベースなどがそれぞれ人の情報を持っており、その統合ができていない状態なんですね。

プロダクト間の双方向から連携をするのは相当難しいので、共通のデータベースをつくって、それを両方から参照する構造の方が現実的だと考えています。その共通データベースを、2024年には完成させたいですね。

データ基盤活用の展望
UBファネル構想が実現すると、何ができるようになるんですか?

張替:
2023年の大きなテーマのひとつに、NewsPicksのレコメンデーション機能の強化・刷新が挙げられています。レコメンデーションを最適化する前提として、どんなユーザーにどういう種類のコンテンツを出すか、それぞれ解像度を高める必要があります。

レコメンデーション機能の精度を高めようとなると、前述したようなコンテンツへのタグ付けが必須になってきます。タグを付けることで、NewsPicksのタグとSPEEDAやMIMIR Expertのタグが紐づけやすくなるんです。

NewsPicksのコンテンツにタグを付与すると、たとえば記事を読んで「Web3.0」に興味を持って、SPEEDAで「Web3.0に強い会社はどこだろう」と探す際、レコメンドされやすくなります。そこでその会社を買収したいと思ったら、SPEEDA EXPERT RESEARCHでWeb3.0に強い専門家に質問を投げかける。

専門家もエキスパート情報に付与されたタグをもとに一覧化することができれば、M&Aを思い立ったユーザーが専門家を探して質問するところまでを一気通貫で進めることができる。そこまで持っていけたらベストだと思っています。

Newspicksの閲覧動向を把握し、新しく伸びてきているタグをもとにコンテンツ開発に注力していけば、新しくできたセグメントを取りやすくなりますし、コンテンツリリースのタイミング最適化やマーケティング効率を上げることにもつながります。

また、INITIALなどの資金調達動向と、個人ユーザーの動向との相関性が見られるようになれば、投資家にとって重要な情報にもなるはずです。INITIALのコンテンツにはすでにタグがあるので、NewsPicksコンテンツへのタグ付けができれば、これはすぐに実現できます。

情報を集約して社内の「標準化」を図る

UBファネル構想を推進するうえで、現状どんな課題がありますか?

張替:
ユーザベースはもともと事業別に個別最適で成長してきたので、それぞれ活用しているシステムもバラバラなんです。Salesforceも各事業ごとの運用だし、会計システムもそれぞれ異なるため、どのお客様がどのプロダクトを契約しているか、お互いに見えない状態です。

今のままでは、どのお客様に対してアップセルを提案すればいいかがわからない。この状態を解消するために、現在顧客コードの統一に動いています。2022年には全事業の顧客それぞれが、どのプロダクトを契約しているか可視化したBIダッシュボードを構築しました。現在、全社展開に向けて準備中です。

これにより、ホワイトスペース(営業の白地)探しができます。 それだけでなく、プロダクトの商談がバッティングして、両方の失注につながるような事態も避けられます。たとえば別々のプロダクトを同時に提案しようとしたらアラートが出るようにすれば、そうした機会損失は防げます。ユーザー体験の向上にもつながりますね。

王さんはCIOとして、システムが事業別に個別最適化された現状のどこに最も課題があって、その解消をするためにどこから手をつけようと考えていますか?

王 佳一(以下「王」):
直近で最も重要な課題が「多様性を担保した上でのIT標準化」だと思っています。各事業の異なるITシステムやプラットフォームが共存する状況において、完璧なシステム統合を求めず、システム個々のメリットや価値を最大限に引き出し、オープンなプロセス、柔軟性を担保し、ユーザベースらしいエコシステムの構築していくことが大切ですね。

その中でも「脱・情報格差」が急務だと思います、ユーザベースではカンパニーによって情報集約の手段にもばらつきがあります。入社してみて驚いたのは、この社員数で、この膨大な情報量でもSlack上でバンバン流し、ストックできるような社内全社ポータルすらないことでした。それによって社内の情報が分断されていて、認知負荷が必要に高く、非効率に感じましたね。

ただこれは、中枢にいる我々経営陣が正しい選択を提示できなかったことが原因だと思っています。ですから、今後はNotionなどいろいろな仕組みやツールを用意することで、そこに情報集約をしていって、誰でも必要なときすぐに入手できるような情報ストックを標準化への第一歩としたいですね。

ほかに標準化に向けた具体的な動きがあれば教えてください。

王:
各事業のカンパニーリーダーを巻き込んだCoE(Center of Excellence)という全社横断のコミュニティを形成しようとしています。

また、目安箱のような機能をつくって、リーダー層のみならず現場のみなさんのリアルな声やリクエストを集約したいと考えています。

それによって経営課題が何か、各事業のメンバーは何に困っているのか、現場の声をもっとタイムリーに吸い上げやすくなるはずです。ありがちな「コーポレートIT部門の自己満足」のような施策にせず、きちんと部門に寄り添った標準化戦略にできたらいいですね。

ユーザベース執行役員 CIO/CISO 兼 IT Strategy Division Leader 王佳一
ユーザベースの社員からは「情報がオープンすぎて、何がどこにあるかわからない」という声が少なくありません。slackのチャンネルが多すぎてすべてを追えない問題もあります。こんなとき、どうしたら全社の隅々まで正しく情報が届けられるのでしょうか。

王:
社内ポータルやイントラなど、1ヶ所に情報をまとめたほうがいいですね。

新しい社員が入ってきたときに、一定の情報をまとめた入社者向けのフォームはありますが、たとえばslackチャンネルの使い方など細かなルールは、現状どれが最新版なのかわからない。検索すると同じような情報がたくさん出てくるんですが、これをきちんと整理することは重要です。

張替:
社内ポータルがないという話にもつながりますが、Google Driveにせよslackにせよ、流れてくる情報をストックする場所を用意しなければいけませんね。

王:
データをまず1ヶ所に集めて、これも先ほどのNewsPicksと同じようにタグ付けをすればいいと思います。

たとえば、社員が結婚した場合、名前を変更するなどやらなければならない労務手続きがたくさんあります。そうしたユースケースにタグを付けて、ワンセットで検索しやすいようにすればいいと思います。

張替:
2023年1月に、ようやくその第一歩となるNotionの全社導入がスタートしましたが、中身の整備や社内ポータルの作成はまだまだこれからです。

データ分析基盤の構築とデータ活用人材育成の両軸でUBファネルを実現したい

今後、UBファネル実現のためにどういうステップを踏んでいく予定ですか?

張替:
今後はBIツール(Business Intelligence Tool/企業が所有する情報を集計・分析・可視化し、ビジネスの意志決定や課題解決をサポートするソフトウェア)を導入して、次の3つのダッシュボード化をしようとしています。

ひとつ目が、契約情報をフックにして、NewsPicksやSaaSなどユーザベースの全プロダクトのすべてのお客様が、どのプランに入っているかがわかるダッシュボードです。現在はスプレッドシートをつくって管理していますが、これをダッシュボード化しようと思っています。

ふたつ目が、経営数値で、たとえば売上高がいくらなのか、ぱっと見て把握できる状態にしたいですね。3つ目が、最近勤怠管理システムを導入したので、勤怠レポーティングも使ってBI構築をしていきたいと考えています。

ロードマップ
そうしたデータカルチャーを実現するには、何がハードルになりそうですか?

張替:
現在ユーザベースには、3つのハードルがあると思っています。

ひとつ目が、正しいデータが取得できないこと。スプレッドシートでのデータ管理をなくして、正しいデータが取れるように随時システムリニューアルを進め、信頼できるデータ基盤を構築したいと考えています。

ふたつ目が、全社員が使えるツールがないという課題。Tableauを導入するなどして、みんながデータ活用できる状態にしていきたいですね。UBデータレイク(あらゆるデータを一か所に集約するデータベース)も社員全員が使えるデータベースにして、課題を解消していこうと考えています。

3つ目が、データスキルの習得です。先日、コーポレート部門で業務効率化コンテストをしましたが、2023年はこういったイベントを全社でやりたいと思っています。データサイエンティストやデータアナリストを増やすには、対象者に工数を割いてもらう必要があります。たとえば、1週間のうち2日間は研修のために学校に通ってもらってPythonが使えるようになるところまでいけば、データ活用人材が増えるのではないかと思います。

システムリニューアルとUBデータレイクの構築をしたうえで、データの分析基盤をつくって、それをみんなで使っていく。そんなステップを想定しています。

誰でも使えるツールを用意したうえで、それを活用してもらうためには、どんな施策を考えていますか?

張替:
ツールが使われないケースとして、「使い方がわからない」といった理由が挙げられると思っているので、とにかくユースケースを積み重ねていくことが重要です。

分析した結果が意思決定の場面で使われないと「意味がない」ということになりかねないので、どの会議体でどの分析結果を見て、何を決めるのか、分析結果を意思決定の中に埋め込むところから、私たちがサポートしていこうと考えています。

たとえば、「お客様のバジェット(予算)が低いと受注率が低い」「担当者が変わると受注率が下がる」といった分析結果がある場合、それに該当するケースはアラートが上がるようにしておけば、営業会議の中で体系的に案件の良い・悪いが判断できます。インサイドセールスでいえば、架電する時間帯や曜日は適正な水準で行われているかと毎週モニタリングしてもいいと思います。

こうしたユースケースを積み上げて、ツールが活用される状態をつくっていく予定です。

課題解決型のユースケースのほかに、社内で「あるべき姿」を意識してもらえるように、営業領域や人事、経営管理の領域などでデータ分析を用いている他社の担当者を呼んで話をする機会を設けたいと思います。社内のメンバーの目線を引き上げることで、ツールの活用推進につなげたいですね。

Data Enablement Divisionのミッションと機能
中には、データ活用に詳しくない、 数字に苦手意識がある人もいます。そうしたメンバーにもデータカルチャーをインストールするには、どんなことが必要だと思いますか?

王:
マーケティングファネルと同じで、まず認知をしてもらうことが大事ですね。そもそもデータ活用で何ができるのか。ユースケースを含めて認知度を上げる必要があります。

「データを使えばこんないいことができるんだ」と認知度を上げたら、次は関心を持ってもらう。自分たちもやってみようと思ってもらうことが大事です。関心を持ってもらったところに我々がサポートに入り、まずPoC(Proof of Concept:概念実証)によるスモールスタートとクイックウィン(早期の成功)を実現させ、一定の効果が出始めたら、他の部署や全社へ広げていくような取組みができればよいのではないかと考えています。

認知・関心・PoC・全社展開のステップの中では認知が一番難しいですが、そもそも認知していなければ何も始まらないので、まずは認知してもらうことに注力します。

また、全社展開後もインフルエンスファネル(Influence Funnel:購入後の行動と顧客数を図式化したもの)のように利用を継続してもらう予定です。それと並行して、それぞれの現場で利用者同士が経験した成功事例や失敗談を共有しあう機会を設け、お互いのデータ活用事例やベストプラクティスの情報発信を、自主的に行っていただけるようなサポートができればと思います。

もうひとつは、仮説思考です。特に初期段階ではデータから得られる情報の量や質が限られているので、仮説に基づいてデータ分析を行うことで、データの背後にある関係性をより深く確実に理解することができます。

データカルチャーが根付いた後でも、仮説を立てることで、データ分析の目的をより明確化し、仮説を検証するために必要なデータや分析手法を絞り込むことができます。これにより、分析プロセスの効率化につながるはずです。

課題がしっかり設定されていて、目指すゴールがはっきりしていなければ相談してはいけないのではないかと思われがちですが、我々はもっと早い段階から支援をしたいと思っているんです。CoEが設ける目安箱もそうですが、できるかできないかわからない「構想段階」でも構わないので、どんな些細なことでも相談できる、なんでも相談してくれるITよろず屋のような存在になれたらと思います。

対談風景

編集後記

最初に「UBファネル構想」という言葉を耳にしたときは「?」がいっぱいでしたが、2人から懇切丁寧に説明してもらって、ようやく「なるほど!」となりました(笑)。 共通のタグやデータベースを持つことで、もっともっとユーザーの皆さんに価値を届けることができる──道のりは長いですが、今から進展が楽しみです!

執筆:宮原 智子 / 撮影: / 編集:筒井 智子
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